看護部長~訪問診療との出会い~

  • 2022.02.17

皆さまこんにちは。看護部長の青木です。

今回は、私と、訪問診療との出会いについて、お話ししてみようと思います。

私が訪問診療に実際関わったのは、実は仕事からではなく、私の父親が自宅療養生活を送ることとなったのがきっかけでした。

父は65歳で定年し、あとは余生を楽しむだけだと思っていた矢先に、多発性骨髄腫という難しい病気の診断を受けました。

65歳と年齢も若いため入退院を繰り返しながらとても強い抗がん剤治療を行っていました。しかし、徐々に治療効果がなくなり、副作用ばかり目立つようになりました。

副作用と戦う本人もそれを支える家族もつらい状況になっていきました。(無菌室での入院生活が本人・家族にとてもこたえました。窓越しで電話機を通しての面会はしんどかったです。何度も泣きました)

副作用が強く下痢が続き、寝たきりになってしまった父は、まともに食事もとれなくなり病院へ入院することになりました。

その時の父は衰弱しきっており、私が付き添って寝台車で病院へ行きました。その時のことは鮮明に覚えています。「お母さんのことを頼む」と父親から言われました。とてもショックでした…。病院についてからもとても長い時間待たされました。

入院した父親はますます「生きる」ことをあきらめていました。

病院の個室で一人天井を見て一日が過ぎるだけの日々。生きがいなんて感じられるはずはありません。毎日母親と私が交互に面会に行きました。

あの頃は、まだ持ち込み食などは禁止でなかったので、私が作った弁当を父と一緒に食べたりしましたが、やはり思うように食べられませんでした。

「食べたくても食べられない、せっかく作ってくれたのに申し訳ない・・・」

そんな父親の姿がいたたまれませんでした。きっと父は毎日泣いていたんでしょうね。

ある日、父親が「家に帰りたい、どうせ死ぬなら最後を家で迎えたい」と言った一言で自宅退院を目指し、ケアマネージャー・訪問診療・訪問看護・訪問薬局・福祉用具を依頼し退院の運びとなりました。

退院した父は、笑顔が増え、徐々に食欲が戻ってきました。

退院時には実家に宿泊し、ビールで乾杯したのがとても印象に残っています。

ベットの上にはいつも愛猫が番をし、父の体調管理をしてくれていました(笑)

徐々に食事が食べられるようになったことで体力がつき、寝たきり状態だった父がなんと介助でトイレに行けるようにまで回復しました。また、介助でシャワーを浴びることもできました。

その後、体力が安定したことで、車いすに乗って食事会に行くこともでき、大好きなお酒も楽しむことができるまで回復しました。つくづく、自宅・家族の力って、本当に無限だと実感しました。

体調を見ながら、一泊の温泉旅行にも連れていくことができ、父にとっても私たち家族にとっても、とても楽しい時間を過ごすことができました。退院時には、余命1カ月といわれておりましたが、実際には6カ月もの期間を、家で楽しんで過ごすことができました。

最後は穏やかに父親の希望通り自分の部屋で天国へ逝きました。68歳でした。

私自身、大きな病院で働いているときに患者さま・家族さまが自宅でどんな療養生活をしているのか、お恥ずかしながら深く思いをはせたことはありませんでした。

父親の出来事をきっかけに、生活環境や在宅を支えるサポートチームの偉大さを知りました。

在宅支援と、言葉では簡単に言うことができますが、本当の意味で支援をしていくには、その方のお体・生活環境・家族背景などなど、文字通りその患者さんのすべてを把握しないといけません。そのためには、地域包括ケアシステムに則った、多職種の連携が必要不可欠です。

私は家族の気持ちも痛いほどわかりますし、医療者としての気持ちもよくわかります。

そこが今の自分の強みなのかな??

私たち、上井草在宅支援診療所のスタッフは本当の「支援」を目指し日々業務に励んでいます。なかなか文章に起こすのは難しいし、暑っ苦しくなっちゃいますね。自宅療養中での出来事をもっと書きたいのですが今回はやめておきます。論文になってしまうので(笑)

訪問診療って、よくわからないですよね。私もそうでした。

不安・疑問があって当然です。

自宅での療養をできる限り続けたい方、今のままではご自身のこの先に不安がある方、ご相談だけでもかまいません。いつでも親身になってご相談に乗りますので、どんな内容でも構いません、ぜひ遠慮なく当院へご連絡ください。

真面目な話になってしまいましたので、次回はなんでしょう…

明るいロックな話でもしますね。

では!!